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プロフィール

1978年2月生まれ(43歳)

東京生まれ東京育ち。趣味は散歩と自転車。妻は小平九小・三中吹奏楽部出身の演奏家で、息子は3歳。性格はポジティブで粘り強い。データ分析・英語・会計・ICTに強い。

1996年
都立西高等学校卒
2003年
東京工業大学大学院 理工学研究科 物性物理学専攻 修士課程修了
2003年
ソニー株式会社
2004年
ACT株式会社(新型電池の開発系ベンチャー企業)
2008年
宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト
2013年
JEITA(電子製品全般の業界団体)国際規格活動リーダー
2013年
起業
2018年
第一子誕生 父になる
2019年
応援してくださった皆さまのおかげで小平市議に初当選
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幼少期の写真

少年時代

小学3年生の頃に両親が離婚。兄と私は状況をのみ込めないまま父の元へ。父には仕事と離婚のストレスに加え「子育ての責任感による重圧」がのしかかり、結果として家庭が荒れる。兄が家を去るなど、悲しい出来事がたくさん起きました。

私はこの時期に「子育てに苦悩する親の姿」と「逃げ場のない子供たちの姿」の両方を実体験として目の当たりにしました。その苦しみを知っているが故に「だれにも同じ思いはさせない」という強い想いがあります。

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大学生時代

大学時代

大学に入ってすぐに父親の会社がバブル崩壊のあおりをうけて連鎖倒産しました。困窮する中で生活費と学費をまかなうため、力仕事、接客業、家庭教師などさまざまな仕事を経験しました。体力的には大変でしたが、これも人生における一つのチャレンジだと考え、楽しみながら大学生活を送っていました。

大学生時代には、友人、恩師、親戚に加えて、地域の人々に気にかけて頂き、食材をくださったり、食事に招いてくださったりと、色々な面で助けて頂きました。実体験からコミュニティの重要性を強く認識したのもこの頃でした。

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ソニー社員時代

ソニー社員時代

2003年東京工業大学大学院 理工学研究科 物性物理学専攻 修士課程を修了し、ソニー株式会社へ入社。主に子会社向けのITコンサルティング業務に従事。海外の販社と連携して自社製品の資材調達や経営判断を行う、基幹業務システムの開発/保守/教育を担当しました。

在職時常に意識していたのは、自分の業務だけでなく、会社や部署全体の発展を意識して仕事を行うこと。主要業務以外にも、複雑な業務の流れをだれもが分かるような資料にまとめたり、効率改善用のツールを作成するなど、周りの同僚を楽にするための仕事も好きで自発的に行いました。結果これらの資料やツールは広く使われることになり、社内の業務効率化に貢献することができました。

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国際規格会議 晩餐会にて

新型電池の開発系ベンチャー企業 / ACT株式会社

2004年環境に良い新型電池の開発販売を行うベンチャー企業から誘いを受け転職。主に開発/営業/広報を担当。しかし、入社直後にその電池が大きな問題を抱えていることが判明。まさかの事態に、これでは売れない(=社会の役に立たない)と一時途方に暮れることに。

しかし、幸いある大手企業が、別の原理で動作する高性能な新型電池を発表。開発の可能性が残されていると感じ、早速借り受けて徹底的に分析調査を行いました。その結果新しい電池の試作までこぎつけ、製法特許も申請しました。旧製品は性能・コスト共に競争力に乏しいものでしたが、社内には「それでも旧製品の開発を続けたい!」という声も多かったため、根拠となるデータを取りまとめてレポートを作成し、勉強会も行うことで、社内の意見を新製品開発へと導くことに成功しました。

その後は自社製品だけではなく、業界全体の市場を拡大するための活動に携わり、講演会で講師を務めるなどPR活動も担当。業界団体の会合に出席させてもらえるようになり、安全性ガイドラインの取りまとめや国際規格業務も担当するなど、業界全体の発展に貢献しました。特にJEITA(電子製品全般の業界団体)における活動では、新型電池に関する国際規格化推進のリーダー役に選ばれ、素案作成から国際規格成立まで導きました。経産省からは支援プロジェクトに選定され、国際電気標準会議(IEC)に派遣して頂くなど、実績を作ることができました。

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NASA宇宙飛行士訓練施設にて

JAXA/NASA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト

私は「月の砂を掘ってみたい!」というシンプルな思いから宇宙飛行士に憧れを持っていました。2008年、10年ぶりに宇宙飛行士の選抜試験が行われると知り、二度とないチャンスと、JAXA/NASAの宇宙飛行士選抜試験に応募。ファイナリストの10名にまで残ることができました。惜しくも最終選考で落選し宇宙飛行士になることはできなかったものの、高校時代からの夢にチャレンジし、自分のすべてを出し切ることができ、また、掛け替えのない友人ができるなど、大変貴重な経験をさせて頂きました。

この時の経験から、「夢を持ってチャレンジすること」が人生の醍醐味の一つだと、改めて思うようになりました。たとえそれがどんな夢であっても、挑戦することで得られる経験や人のつながりは、総じて社会全体を豊かにするものであると感じています。

私も新しいことにチャレンジする時は、いつも不安な気持ちになります。第一子を授かったことをきっかけに始めた政治活動も、まさにゼロからのスタートです。しかし、すべての人が「自分にはできない」「失敗したらどうしよう」と不安に押しつぶされることなく、積極的に挑戦できるような社会にするためには、この理念やビジョンを、まずは自分が体現しなければならないと思い、笑われるかも知れないとプルプル震えながらも、政治活動を始めました。

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英語の会イベント(Cookinglish) での一コマ

英語の会を主宰

会社の業務において英語を使う場面が増えると、日本人全体としての語学力の低さに危機感を感じるようになりました。最新の情報を得ようとすると、出てくるのは英語や中国語で書かれた情報がほとんどであり、日本語で書かれたものは皆無という状況が増えています。また、国際規格を審議する国際会議の場においても、発信する側の日本人の語学力が極端に低いことも多く、日本人は国際的な場面で主要な役割を担えないケースがあります。

このままでは日本(人)が不幸になると考え、また、社会人が集うコミュニティを作りたいという意欲も合わさって、2010年参加者がお互いに英語を学びあう教室「英語の会」を国分寺にて主宰しました。参加費は1回1,000円程度、週に1度(休日)の開催で4年間以上続け、多い時で10名程度、累計で50名程度の参加者があり、参加者の英語力向上とコミュニティづくりに一定の貢献ができました。私が小平市へ住居を移したことがきっかけで、現在活動は中断していますが、今でも参加者同士の交流は続いており、コミュニティが別の形で発展していることを実感しています。

image of yohei yasutake with his baby

まだ0歳の時の長男と

起業・父親になる

2013年に起業し、インターネット上で化粧品・輸入雑貨等の販売、在庫会計などのソフトウェアの販売、WEBアプリケーションの開発販売等を行いました。現在は、親類の洋裁専門家と共同で、世界的に裁縫の技術を広げるためのWEBアプリケーションの開発等を行っています。

2018年に第一子を授かり、父となりました。子供が生まれ、妻も小平市で育ったこともあり、小平市にもっと積極的に関わり、恩返しをしたいと強く思うようになりました。この子たちが暮らす世界を良くするためには、今行動を起こす必要があります。先人に感謝しつつ、次は私たちの番だと思っています。

安竹洋平小平市議会登壇の様子

議場にて

小平市議に初当選

皆さまの応援のおかげで、小平市議会議員選挙に当選し、スタート地点に立つことができました。見ず知らずの私に期待してくださった方々、さまざまな形でお力添えを頂いた皆さま、本当にありがとうございました。

これからの4年間「情報公開の徹底」を足掛かりに、だれもが夢を描ける小平を目指して尽力します!