ディスレクシアとは
ディスレクシアは、知的能力には異常がないにもかかわらず、文字の読みもしくは書き(もしくはその両方)に著しい困難を示す障害のことです。この困難さは、「音韻情報処理の過程」や「視覚情報処理の過程」などの障害によるものと考えられており、人によってその困難さの状態はさまざまです。1999年に文部科学省が定義した「学習障害」の中核をなす障害であると考えられます。
国際ディスレクシア協会(IDA)による定義
Section titled “国際ディスレクシア協会(IDA)による定義”国際ディスレクシア協会(International Dyslexia Association)では次のように定義しています。この定義は、さまざまなところで使われています。
Dyslexia is characterized by difficulties with accurate and / or fluent word recognition and by poor spelling and decoding abilities. These difficulties typically result from a deficit in the phonological component of language that is often unexpected in relation to other cognitive abilities and the provision of effective classroom instruction. Secondary consequences may include problems in reading comprehension and reduced reading experience that can impede growth of vocabulary and background knowledge.
単純に翻訳すると、次のようになります。
ディスレクシアは神経生物学的な原因に起因する特異的な学習障害である。その特徴は、正確な単語認識と流暢な単語認識のどちらか、もしくは両方が困難であることと、文字の綴りや読解能力が低いことにある。これらの障害は通常、言語の音韻的要素の欠如に起因している。他の認知能力や、効果的な教室指導が行われている場面を見ているだけでは、障害があることはなかなか分からない。二次的な結果として、読解力に問題が生じたり、読む機会が減るなどし、語彙や背景知識における成長を阻害することがある。
この定義は2002年11月12日にIDA理事会によって採択され、ニュージャージー州、オハイオ州、ユタ州など多くの州の教育法典がこの定義を採用しています。2025年にも再確認されています。
「失読症」という言葉は1887年にルドルフ・ベルリンによって造語されましたが、正確な定義は100年以上もの間、専門家の間では知られていませんでした。1994年、IDAの指導者のもとで定義コンセンサス・プロジェクトが開始され、2002年にG.エマーソン・ディックマンが中心となって再招集されたグループ(ジャック・フレッチャー、ベネット&サリー・シェイウィッツ、スーザン・ブレイディら)により現行の定義が作成されました。
この定義コンセンサス・プロジェクトは、IDAが国立学習障害センター(NCLD)および国立成育医療研究センター(NICHD)と協力して主導しました。1994年にIDAの指導者シルビア・リチャードソン、ナンシー・ヘネシー、マーシャ・ヘンリーら数十名の研究者・実務家が参加して着手され、2002年にはG.エマーソン・ディックマンを中心に、ジャック・フレッチャー、ベネット&サリー・シェイウィッツ、スーザン・ブレイディ、ギネビア・エデンらが再招集され現行定義が作成されました。
さまざまなケース
Section titled “さまざまなケース”国際ディスレクシア協会(IDA)の定義にあるように、ディスレクシアは音韻処理の問題に起因しており、現れる症状や程度は人によってさまざまです。症状の一例を示します。
🔤 音韻処理で疲れてしまう
Section titled “🔤 音韻処理で疲れてしまう”通常は文字を見るとその読み(音)が自動的に頭に浮かぶ(音韻処理)。しかし、それが自動化されず、一文字を読むのに時間がかかる。たとえば「れ」という文字を見たときに「れ」と発音するまでに時間がかかる。急いで読むと間違えたり、読むだけで疲れてしまって意味を理解できない。
👁️ 文字が飛び散る・消える
Section titled “👁️ 文字が飛び散る・消える”一冊読むのに2〜3か月以上かかる。文字が飛び散っている、文字がいきなり消える、一部分がない、なぜか違うところに一部分がついている。文字の列をいくら読んでもなぜか同じ場所に戻る。手で書くよりもキーボードで打った方が早い(時間は1/10に短縮)。
🔄 漢字が上下左右逆になる
Section titled “🔄 漢字が上下左右逆になる”磁石、給食、階段などの漢字は上下逆に。宣伝の「伝」の字は何度指導しても行にんべんに。放送委員会は最初「放送」の上下が入れ替わり、翌週では左右逆に。「意味」から覚えようとしているように見受けられる。
🧩 結局は音韻処理に起因
Section titled “🧩 結局は音韻処理に起因”たとえば「パソコン」という文字が読めたり書けたりしても、どの文字が「そ」という音を表す文字か分からない。音の混成、分解、抽出、削除が分からない、あるいは苦手。
🎧 聞き取りが困難な方も
Section titled “🎧 聞き取りが困難な方も”黒板を写すのに時間がかかって授業についていくのが難しい。教科書を読むのが著しく遅く、行を読み飛ばしたり漢字を読み飛ばしたりする。文字を追うことに精一杯で文章読解ができず、テスト時間内に終わらない。指示をされても聞き取ることが難しく、集団行動がうまくできない。連続で複数のことを覚えていることができず、聞き取りミスが多くなる。
- 音韻処理の自動化がうまくいかず、一文字を読むのに時間がかかる
- 読むだけで疲れてしまい、意味を理解できない
- 文字が足りない、入れ替わる、左右逆になる
- 漢字の部首が入れ替わる
- 疲れたりストレスがかかると、普段より読み書きが難しくなる
- 脳の疲労が肉体的な疲労につながり、倒れてしまうこともある
最大の問題は、周囲からも自分自身からも気付かれにくいことです。
統計上の分類
Section titled “統計上の分類”ディスレクシアは脳の高次機能に関連した障害と考えられており、原因的な側面からの分類はなされていないようです。疾病や死因などの統計データを得るための「統計基準上の分類」として、次の2つが広く用いられています。
WHO ICD(国際疾病分類)
Section titled “WHO ICD(国際疾病分類)”世界保健機関(WHO)による疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)での位置づけです。
ICD-11(2019年6月公表)
第6章: 精神と行動の障害 └ 神経発達症群 (6A) └ 発達性学習症 (6A03) └ 発達性学習症、読字不全を伴う (6A03.0) 含む:発達性ディスレクシア
第21章: 症状、徴候又は臨床所見 └ 表象機能の障害 (MB4B) └ ディスレクシアとアレクシア (MB4B.0) ※脳卒中や脳損傷による後天的な読字障害(6A03.0)発達性学習症、読字不全を伴う:単語読解の正確さ、流暢な読解力などの読解に関連する学力の習得に著しい継続的な困難があることを特徴とする。知的能力や年齢的に期待されるレベルよりも著しく低く、知的発達の障害、感覚障害、神経学的障害、教育を受けることができないこと、心理社会的な逆境などに起因するものではない。
ICD-10(1990年改定)
第5章: 精神と行動の障害 └ 心理的発達の障害 (F80-F89) └ 学力の特異的発達障害 (F81) └ 特異的読字障害 (F81.0) 含む:発達性ディスレクシアAPA DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)
Section titled “APA DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)”アメリカ精神医学会(APA)によるDSM-5では、次のように分類されています。
神経発達症群 └ 限局性学習症 (Specific Learning Disorder) ├ 読字不全 (315.00 / F81.0) ├ 書字表出不全 (315.2 / F81.81) └ 算数不全 (315.1 / F81.2)DSM-5では「ディスレクシア」は代替用語として明記されており、「正確または流暢な単語認識に問題がある、デコード能力が低い、綴りの能力が低い、という学習における困難さのパターンを表すもの」とされています。
診断基準(抜粋):学習上や学力の面での困難さについて、対策したにもかかわらず、次の症状の少なくともひとつが6ヵ月以上継続していること。
- 不正確に、もしくは時間がかかりながら、努力して単語を読む
- 読まれたものの意味を理解することが難しい
- スペル(書字)に困難さがある
- 書字表出に困難さがある
障害の程度は 軽度・中度・重度 の3段階で評価されます。
精神障害という語弊と、便宜上の分類であることについて
Section titled “精神障害という語弊と、便宜上の分類であることについて”歴史的に日本では「精神障害」という言葉に強い差別意識と偏見を持つ方が多くいます。本来、精神障害に分類されているさまざまな状況は、生物学上の原因が明らかではなく、お互いの関連性も原理的には定義できないものです。しかし、診断を行ったり統計をとる際には、多様な状況をまとめるための用語が必要になります。そういった便宜上の要請から「精神障害」という用語が作られたものと考えられます。
差別と偏見の原因は、実際はさまざまな症状があるにもかかわらず「精神障害」というひとつの単語にまとめてしまっている点にあると、私は考えています。普段の生活においては「精神障害」という便宜上の用語は忘れ、可能な限り細分化した名称(ディスレクシアなど)を使うことが理想的です。ディスレクシアはディスレクシアとして捉えるべきだということです。ただし、ディスレクシア自体も便宜上の用語に違いはなく、実際はさまざまな状況があり、それぞれに適切な対応が必要です。

画像提供:PIXTA(購入のうえ使用)
ディスレクシアそのものよりも深刻なのが、周囲の無理解から生じる二次障害です。
たとえば、読み書きに困難さを抱えている子どもが通常の紙教材を使う場合、どんなに頑張っても思うように学習が進まないことがあります。授業中、自分一人だけ筆が進まなかったり、教科書をうまく読めなかったり——本人は「頑張っても勉強ができない」と悩み、同級生や先生からも「できない子」と見られてしまいます。家では親から怠けていると叱責される場合もあります。
そうして徐々に自信を失い、学ぶことに意欲がもてなくなります。ときには不登校につながり、うつ病になることもあります。
IDAの定義にも「二次的な結果として、読解力に問題が生じたり、読む機会が減るなどし、語彙や背景知識における成長を阻害することがある」と記載されています。
二次障害の連鎖
Section titled “二次障害の連鎖”自尊心の低下 → 学習意欲の喪失 → 不登校 → うつ病二次障害を防ぐためには、本来の障害を早期発見することに加え、自分自身と周囲の人々の、障害に対する十分な理解が必要です。
診断について
Section titled “診断について”ディスレクシアの診断には、以下の要素が総合的に評価されます。
- 知能検査(WISC-IV など) — 知的障害がないことの確認と、認知特性の把握
- 読み書きの検査 — 音読速度、正確性、書字能力の評価。URAWSS、STRAW-R などのツールが用いられる
- 医師による診察 — 神経学的・医学的観点からの評価
主な診断機関
Section titled “主な診断機関”- 国立成育医療研究センター ディスレクシア外来 — スクールカウンセラー等からの紹介状が必要(令和2年時点)